博士になった象鉛筆の戯言

北関東に生息する博士研究員の独り言をご覧あれ。

水蒸気のベールと超高速水中ミサイル

こんばんは!

Dr. SSLです。

 

本日はちょっと工学チックなアイデアについて話をしたいと思います。

 

皆さんは「スーパーキャビテーション」というものをご存知でしょうか?

液体中をものすごく速い速度で移動する物体を例としますと、

キャビテーションというのは、

その物体の周りに泡が激しくできたり消えたりを繰り返す現象です。

そして「スーパーキャビテーション」というのは、

その泡が物体全体を覆うぐらいまでキャビテーションが発達する現象に相当します。

いわばキャビテーションの究極完全体のようなものなので、

スーパーなキャビテーションな訳です。

(詳しくはGoogle等で調べてみてください...)

 

実はこの「スーパーキャビテーション」、

魚雷や水中ミサイルへの応用が検討されていて、

既にロシアでは「スーパーキャビテーション」を利用した魚雷の実用化がされています。

 

では何故「スーパーキャビテーション」がそういった物に使えるのか?

 

滑り台ってありますよね?

よく滑れたら楽しいのですが、

自分の服と滑り部の材質の相性が良くないときは、

キュキュッとなって物足りない滑り速さになりますよね...。

これは自分と滑り台の間の摩擦のせいです。

 

魚雷や水中ミサイルも同じように、

物体と海水の間の摩擦のために移動速度が抑えられてしまうのです。

 

ではどうすればよいか?

 

接しているものが液体と気体の場合、

どちらの場合が摩擦が小さくなるでしょうか?

 

普段の生活から得た感覚でもなんとなくわかるように、

(特殊な場合を除いて)気体が周りにある時のほうが断然摩擦を感じないですよね?

 

実は、

「そうだ物体と接するものを気体にすればいいんだ!」というのが、

魚雷、水中ミサイルへ「スーパーキャビテーション」を利用する動機になります。

「スーパーキャビテーション」を発生させて、

物体の周りを泡(気体)で包んでしまえば、

もっともっと早く物体を移動させることができるのでは?ということです。

 

 

実際に開発されたロシアのシクヴァルという魚雷は、

魚雷の先端から推進用燃料の燃焼時に出てくるガスを放出さることで、

「スーパーキャビテーション」を発生させ、

水中を時速約400 kmものスピードで高速移動できたそうです(通常の魚雷の約3倍)。

 

ただし、

燃料燃焼時のガスを進行方向に放出するということは、

魚雷の挙動に不安定さを招くかもしれませんし、

魚雷の先端を起点に泡で体を包むということは、

泡の分布がついてしまう可能性があります。

 

 

そこで提案するのが次の図に示す、

「燃料燃焼時の発熱を利用して周りの液体を蒸発させながら進む水中ミサイル」です(実際には燃料はタンクの半分程度もしくはそれ以下しか入りません)。

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仕組みは単純で、

①燃料が燃える→熱が発生する、

②熱が壁面を加熱、

③壁面を介して液体(例えば海水)→液体が蒸発、

という感じです。

 

使用するのは余分な熱のみなので、

燃焼ガス自体は全て通常の噴射口から放出されます。

 

また、ミサイル内部から均等に壁面を加熱させることができるならば、

少なくとも先端からガスを放出する機構よりかは、

ミサイル表面に均等に気体(海水中なら水蒸気)を発生させられる可能性があります。

 

さて機構はともかく、

実際にミサイル内の燃料の燃焼熱で、

海水を蒸発させられるのか?といったことを最初に確かめなくてはなりません。

 

そこで次のような、

ものすごーく水中ミサイルを単純化したモデルを仮定して、

その点を検証してみようと思います。

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今回確かめてみるのは、

ミサイル周りの10 cmの海水を蒸発させるために必要な熱量Q_fです。

Q_fが分かれば、それを実際の燃料の燃焼熱と比較して、

イデアが現実的か否かが確かめられるはずです。

 

今回はQ_fの単位は[W: 1秒間に何Jの熱が生じるか]として考えます。

 

まずはミサイル周りの厚さ10 cmの海水を蒸発させるために必要な熱の総量S [J]を求めます。

Sは、海水の熱容量C [J/℃m^3: 1m^3の海水の温度を1℃上げるために何J必要か] ×海水の温度変化ΔT と海水の蒸発潜熱H_l [J/m^3: 1m^3の海水を蒸発させるのに何J必要か]

を足し合わせたものに、海水の体積V_sをかけたものになります。

式で書くと、

S=(CΔT+H_l)×V_s -(i)

ここで図中の文字を使えばVsは、

V_s=(D'^2-D^2)/4×l -(ii)

であるため、これを式(i)のV_sにいれれば、

S=(CΔT+H_l)×(D'^2-D^2)/4 -(iii)

となります。

 

今回はミサイルの長さlは10 m、ミサイルの径Dは500 mm (0.5 m)、蒸発させる海水の厚さは100 mm (0.1 m)とします(この時、図からD'は0.5 m+0.1 m×2=0.7 mとなります

)。また、海水熱容量Cは4.1×10^3 J/Km^3、蒸発潜熱は2.3×10^6 J/m^3となります。ΔTは海水の沸点(約100 ℃)と通常の海水温(約20 ℃)との温度差であるため、今回は80 ℃と考えます。そのため式(iii)を使えば、Sは約1.6×10^6 J (1.6 MJ)となります。

 

次に、Sを生み出すために1秒あたりに必要なジェット燃料の発熱量Q_fを計算していきます。さて、Q_fはSを使えばすぐに求まります。何故ならば、Q_f×発熱時間ΔtがSになるようなQ_fを計算すればよいだけだからです。

数式で書くと、

Q_f=St -(iv)

となります。

ただΔtが分かりません。どうすればよいでしょうか?

ここで次の図のように水中ミサイルが高速で移動していることを考えます。

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もし水中ミサイルの周りの海水(長さ10 m分の海水)が蒸発しないうちに、

水中ミサイルが10 mを移動してしまったらどうなるでしょうか?

その際には気泡に包まれない部分が出てきてしまいます。

そのため、海水を蒸発させるのに必要な時間(発熱時間Δtに対応)が、ミサイルが10 m移動する時間Δt_limよりも小さい必要がります。

そこで今回は水中ミサイルの速度を時速400 kmと仮定します。するとΔt_limは10 m/ 400 km/h ≑ 0.125 秒となります。よって、Δtに関する次の制約が得られます。

Δt ≤ Δt_lim ≑ 0.125 秒 -(v)

この式(v)と前の式(iv)を組み合わせ、先ほど計算したSの値を用いると、次のようにQ_fの制約が得られます。

Q_f = St ≧ 1.6×10^6 J / 0.125 秒 =12.8 MW -(iv)

これで念願の、最低限必要な、ミサイル周りの10 cmの海水を蒸発させるために必要な1秒あたりの発熱量Q_fが求まりました。

 

さて、1秒あたりに12.8 MWも燃料の燃焼熱を使い続けなくてはいけないとわかりましたが、この値は元々の燃料装荷量を考えたうえで許容できるものなのでしょうか?

 

そこでまず水中ミサイルの発射地点から目標地点までの到達時刻(稼働時間)を仮定します。冒頭で紹介したロシアで開発済みの「スーパーキャビテーション」を利用した魚雷(時速約400 km)の射程距離は5~15 km程度だそうです。すなわち、魚雷の稼働時間は5~15 km/ 400 km/h ≑ 45~135 秒となります。この値を水中ミサイルの稼働時間とすると、今回提案する水中ミサイルが1秒あたりに消費する熱量がQ_f = 12.8 MWなのですから、トータルの必要熱量は45~135 秒×12.8 MW = 576~1728 MJとなります。

 

 

液体のジェット燃料をミサイルに装荷する場合、

燃料タンク以外の機器のスペースを考慮して 、

ミサイルの半分くらいに燃料を入れるとすれば、

今回の体系だと約1000 lになります(ボーイング777の装荷量が170000 l)。

1 lのジェット燃料の発熱総量が30 MJ程度なので、1000 lだと30000 MJ

 

 

つまり水中ミサイルに超高速という機能を付加するためには、水中ミサイルの燃料から得られる熱量の1.8~6.0 %程度しか必要が無いということになります。これで、推進のための運動エネルギーを十分確保しつつ、安定した一方向的な運動を保ち、なおかつ機体表面の摩擦を均等に抑えた超高速の水中ミサイルの実現が、エネルギー収支的にそこまで非現実的なものではないという可能性が示せました。

 

ただし他にもたくさん課題はありますね。

均等に熱を伝える内部の構造だったり、壁面の熱抵抗だったり。

 

最初は軽い気持ちで書き始めたのですが、

気が付いたらこんなに長くなってしまいました。

 

今回の提案にしろ冒頭で紹介しました「スーパーキャビテーション」にしろ、

水中の摩擦を無くすという技術は、

軍事応用だけではなく輸送手段としても役に立ちますね。

 

もしかしたら未来の潜水艇は、

今の飛行機と同じ速さで進めたりするかもしれませんね。

 

最近は陸、空の輸送手段に関する新技術の話が多いので、

海の方はどうなんだろうと思って書いたものが今回の記事でした。

 

それではまた。